商業施設に求めるもの

教育機関を飛び越えて

幼児教育に対する方針は家庭や教育機関、さらに自治体や周辺の近隣も協力的にならなければ行けない、そう伝えている。あるべき社会とはそういうことだと訴えているものの、だからといって親が子供を理由に他人任せにしていいという理屈にはならない。実際そういう勘違いをしている人もいるかもしれません、子供がいる自分たちが優先されるべきだとしても時と場合によるでしょう。無論子供がいればそれなりに許容するのも分かる、ですが気を払って欲しい子供が悪態をついても怒らない社会になっているのは矛盾していないだろうか。歪だと感じるが、正当性あるものだと糾弾してくるため、言葉が出てこない。

子供がいるからもっと質が整った環境を提供していくべきだと言われているものの、教育やら育て方に真摯な対応をしていなければ説得力の欠片もない。そうした矛先が向けられているのは地域や学校などばかりではなかった。

ゆとりのない家庭でも楽しめるよう

もっと子供を出産して欲しいと国が発言する、それに答えるよう子供を産んで育てようとする世帯、けれど経済的な理由で養育がままならない、その繰り返しが現在でも螺旋を描いている。終わりのないループ地獄に陥るよう、経済格差で子供に良い環境を提供できないと嘆く親も出現しているほどだ。そうした中で本来積極的な子育てに協力するような場ではない商業施設にも、国や保護者からもっと協力的になってほしいという意見が集っています。中でもとりわけ言われているのが、生活にゆとりのない家族の子供でも楽しめる商業施設を作って欲しいとのことだ。

保育園などとは違い、子供が遊べる場所をお金をなるべく支払わずに行けるところが欲しいという要望が多いという。ただ遊ぶ場があれば良いというわけではなく、『わざわざ行く意味が持てる場所』であってほしいという観点からが一番だという。

ショッピングセンターが求められている在り方

特に家族世帯に好まれる場として挙げられるのは、ショッピングセンターなどの大型施設が挙げられます。またはショッピングモールなどの広大な敷地面積を使用した複合商業施設などだ。最近では半径10km程度だったのが15km近くまで商圏が広がりを見せているなど、多様な施設の需要性が今一番の売り込みだと言うのです。

こうした場を頻繁に訪れるのは現在のところ、30代子育てファミリーが中心だという。また店内にそうした世帯を対象にした店作りに専念しており、更には経済的にゆとりがない人でも存分の楽しめる場としても構築されている。もはやただ作れば自然と顧客が入ってくる時代ではなく、ステレオタイプの商業施設では利用する人は望めない時代に差し掛かっているのだ。今や商業施設も子育てを重点にした施設造りが求められる、そんな時代になっています。

家庭で教育する場が失われている

社会の風潮から女性も子育てをしながら社会進出をし、自分を追い求める理想的な環境が整い始めていると見ていい。男性については状況はさして変わらないが、子育てに協力的な姿勢を示さなければならなくなっている。そして社会も子供を育てている自分たちをもっと擁護すべきだと主張している、そんな世帯もいます。

そこが逆に問題では無いだろうか、自分たちは働きながら生活をして子育てをして国が欲している世帯モデルになっているのに優遇されないなんておかしいと考えるようになるはずだ。実際、子供が迫害されるような状況になれば子供を武器にして正論とばかりに翳そうとする人すら出てきている。こうなってくると本当に子供を育てることの意味や意義、やりがいを見出すという方が困難だ。逆に子供を産んでも育てる時間よりも働く時間を追求する、なんて人もいるでしょう。家庭の経済状況が故に働かなくてはいけないのかもしれませんが、子供一人養えるだけの余力がないのに出産をする方が、歪ではないかと個人的に思うようになった。

現代社会が悪影響に

一部の専門家曰く、現代の社会状況が影響しているとも言われています。女性が社会進出しやすくなり、子育てよりも違う生きがいややり甲斐を見出したからともありますが、これは女性蔑視というべきでしょう。それについては悪いことではありません、ただ産めば正義と考えている人を生みだしている方が問題のはずだ。子供を産んでもそれを理由にして何もしない、また子供をまるで物のように扱うような人すら出現するほどです。

そこにも自分たちの思い通りにならない、効率よく進ませることも出来ず楽も出来ないといった問題が子育てに付きまとっている。本来ならそうした苦労を乗り越えてこその子育てなのだが、その過程を嫌がる人間がいるのも事実。過去にもそうした人はいたのかもしれないが、現代とは様相が違ってきていることだけは間違いない。

外にばかり期待している

子育てをする苦労、というのは実際に体験した人にしか分からない。ただ産んで育てて、一人前になるまで面倒を見続ける事までが通過点になるだろう。そうした苦労を外に求めてばかりでは人間的な成長を育むことも出来ない、親が子供のためを思っての行動であれば説得力はある。けれど子供の事を自分以外の社会が面倒を見るのは当然だと考えるようになっている、そういう人もまた見られるのは悲しいことだ。

子供を取り巻く職場体験について考える