学校と社会を繋ぐ

働くことから遠いからこそ

学校での勉強だけでは学べない事もあります、だからこそ職場体験が必要になってくる。文部科学省の言い伝えるところを掻い摘んで言えば、職場体験の本質とも言える部分には仕事をすることで得られる、将来に必要な物を見極めて欲しいというものだ。誰かに付いて回るだけでなく、自分で考えて行動し、自分がどうするべきなのか、それらを感じ取っていくことは確かに重要です。

教育を受けていると働くとはどういうことなのか、確かに見えづらい。実際に筆者も学生時代は労働に対しての意識は非常に希薄だった。今でも十分だとは言えないが、この問題については生きていれば一生涯ついてまわることだけは間違いないだろう。

学校が実施する、また親が連れて行ってくれた職業体験が経験できる場、それをどう受け止めるかで子供自身による影響も様々だ。ただ色々と意見を集めてみると、やはり意図しない方角へと考えてしまう学生も出てしまいます。

やり甲斐がなければ意味が無い

ある中学生が職場体験をした際、何一つ代わり映えのない中で計5時間近い職場体験をさせてもらったという。掃除をして来客への対応やレッスンの見学などが主な内容だった。来客への対応といっても本格的なことをするのではなく、訪れた人たちに対して挨拶をするというものだった。1時間ずっと立ちっぱなし学ばせてもらえと先生に言われたが、何も学べなかった上に『仕事はつまらない』と結論づけてしまったようです。

別段どうという話ではない、むしろよくある話だ。これが社会人になれば自分で仕事を探して作業をしていろと言われるでしょう。まぁそれも時と場合によって違ってきますが、中学生であることを考えるとやり甲斐のある仕事を任せる、というのは土台無理な話だ。

そもそも『やり甲斐のある仕事』とはどんな仕事の事を指しているのか、時間が過ぎて早く職場体験が終われば良いのか、それともやっていて面白いと感じるような取り組みをして欲しいと主張しているのか、様々な形で受け取れる。この学生の場合、挨拶が苦痛だったというが挨拶ほど重要なものはない。職場で挨拶をしない人なんていうのは、まず間違いなく常識がないと糾弾されてしまうからだ。

実際のところ

文部科学省が提示している理念や理想は良い、けれどそうした考えが結局のところは机上の空論と化してしまっている面もあります。また学校側にしても上からの指示だから、なるべく現場の仕事を教えてほしいと言ってくる人も多いとのこと。

ですがただ現場の仕事を通じても仕事について考えられる学生など、僅かだ。それこそ文部科学省が期待するほどの真意にたどり着ける学生などいるかどうかも定かではない。企業にしてもなるべくなら座学を通じて現場の仕事をし、そこから見えてくる仕事のやり甲斐を学ばせないと考えているところがほとんど。ですが学校側は体験だけさせてくれればいいからという。

何かがずれている、そう感じるでしょう。では何が問題になっているのかというと、『学生にどうして職場体験させるのか、その目的意識を持たせないまま職場体験を行っている』という点が挙げられます。

職場体験の意義

職場体験によって影響はあるでしょう、ただそれも学校がどうして実施するのかを生徒に伝え、労働の疑似体験に何があるのかを伝えていないというのだ。働くことで何を目的にするか、それも学校側により異なるでしょうが、肝心な『仕事をする上で大事な事』という点だろうか。明確に答えを導き出せるものではありませんが、ただあやふやなまま学生に職場体験をさせているだけで何も役立っていないと感じている企業が多いとのこと。

事実は小説よりも奇なりとはいうが、本当にその通りだ。そもそも考えられる理論だけで全てが完結するほど世の中の道理は単純ではない。

具体的には

また企業側としては中学生よりも、高校生から始めてもおかしくないだろうと考えている所も多い。法的に見ても16歳からアルバイトは許可されているため、働こうと思えば学生は自発的に活動が出来る。しかし実際は賃金の伴ったアルバイトを全面的に禁止しているケースがほとんどだ。アルバイトを優先しがちで学業が疎かになってしまうという恐れからだろう。分かる気もするが、職場体験で働くことの意義を見出すために職場体験をするのであれば、高校生以上となれば16歳から働ける企業と協力して賃金をもらい、その形で学校側に定期的なレポートを提出するでも問題ないのではと思う。

働いて自身に伴う責任に応じた賃金をもらって、学校側に労働についての報告を行うでも意義はあるだろう。ただそれでは行けないと考えているところが多いのかもしれません。

子供を取り巻く職場体験について考える